Bubble
香織と隼斗の物語。 ストーリーの欠片を寄せ集めた玩具箱。
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あいされたいとねがっているのね
夕闇が空に広がる。東京の空は珍しく澄み渡り、銀の光を帯びた下弦の月が明瞭に浮かび上がっている。あと一週間でこの月も消える。この子は怯えるのか。或いは自分を脅かす何かを見失って安堵するかしら?隼斗の柔らかくて色素の薄い髪を撫でながら、あたしはどうしようもなく意地悪な考えを巡らせていた。唯一の光源さえ、この子の前から消えてしまえばいい。光を憂い闇を慕うだなんて。あたしはこの子の斯様な思想が大嫌いだ。贅沢ぢゃないか。
「香織…」
「なぁに?」
「なにを考えてるの?」
か細い声が空気を振動させる。あたしの指先の体温さえ、この子に奪われるのは腹立たしい。触れたくない。汚らわしい。だけど結局あたしは全てを与えてしまう。体温も、鼓動も、肉体も、子守歌も、魂さえ。あたしは隼斗の頭を胸に抱いた。隼斗は小さく身を震わせて、あたしのブラウスにしがみついた。
「隼斗のこと。」
「俺?」
か細いはずの声が、あたしの身体に直接響いて重低音を奏でる。あたしは快楽に酔いしれそうになって、すぐにやめた。この子に溺れるなんて、あたし自身が決して許さない。
「俺も、」
隼斗の大きな目があたしを捉える。
「香織のことを考えてたんだ。」
「あら、」
あたしは薄く笑んだ。
隼斗を悦ばせるのは厭だけど。
「奇遇ね。」
取り繕うのは、慣れてる。
「ねぇ、あんたは何に怯えているの?」
「…聞いてどうする?排除してくれる?」
「約束はできない。」
「だろうね。俺だってそう言うよ。」
「言ってみなさいよ。」
隼斗はしばらく口を噤んだ。あんたはあたしから時間さえ奪うのね。次にやっと隼斗が口を開いたとき、下弦の月は薄雲に隠れてしまっていた。
「俺は人間がおそろしい。」
真摯な言葉を吐き、舌の根も乾かぬうちに罵り、ときに傷つけ、ときに奪い、ときに殺す。真の心などとは口ばかり。利己的で善人面した人間で、世界は溢れている。だから恐ろしいと隼斗はのたまった。自分のことは棚に上げて、大層な御高説だこと。自分以外は信じられないと、そう言いたいんでしょ?そういう人間、大嫌い。ほらね、やっぱりあたしは隼斗を憎んでいる。
「私は、隼斗を捨てたりしない。」
「ほんとう?」
「ほんとよ。」
「信じるよ?」
「信じてよ。」
「いいんだね?」
「いいわよ。」
隼斗は口元を綻ばせてあたしを抱きしめた。
ほんとうに馬鹿な子。
一番の高みから、あんたが大好きな闇に突き落としてあげる。だってあたしはあんが大嫌いなんだもの。あんたの絶望をこの目で見たいのよ。
月が失われるまで一週間。
それまでは仮初に愛してあげる。
(依存してるのはあたしかしら。)
***
若干悪女な話。
彼女は利益じゃなく、
純粋に彼を貶めたいだけ。
純真無垢な彼を、
ただ絶望させたいだけなのです。
「香織…」
「なぁに?」
「なにを考えてるの?」
か細い声が空気を振動させる。あたしの指先の体温さえ、この子に奪われるのは腹立たしい。触れたくない。汚らわしい。だけど結局あたしは全てを与えてしまう。体温も、鼓動も、肉体も、子守歌も、魂さえ。あたしは隼斗の頭を胸に抱いた。隼斗は小さく身を震わせて、あたしのブラウスにしがみついた。
「隼斗のこと。」
「俺?」
か細いはずの声が、あたしの身体に直接響いて重低音を奏でる。あたしは快楽に酔いしれそうになって、すぐにやめた。この子に溺れるなんて、あたし自身が決して許さない。
「俺も、」
隼斗の大きな目があたしを捉える。
「香織のことを考えてたんだ。」
「あら、」
あたしは薄く笑んだ。
隼斗を悦ばせるのは厭だけど。
「奇遇ね。」
取り繕うのは、慣れてる。
「ねぇ、あんたは何に怯えているの?」
「…聞いてどうする?排除してくれる?」
「約束はできない。」
「だろうね。俺だってそう言うよ。」
「言ってみなさいよ。」
隼斗はしばらく口を噤んだ。あんたはあたしから時間さえ奪うのね。次にやっと隼斗が口を開いたとき、下弦の月は薄雲に隠れてしまっていた。
「俺は人間がおそろしい。」
真摯な言葉を吐き、舌の根も乾かぬうちに罵り、ときに傷つけ、ときに奪い、ときに殺す。真の心などとは口ばかり。利己的で善人面した人間で、世界は溢れている。だから恐ろしいと隼斗はのたまった。自分のことは棚に上げて、大層な御高説だこと。自分以外は信じられないと、そう言いたいんでしょ?そういう人間、大嫌い。ほらね、やっぱりあたしは隼斗を憎んでいる。
「私は、隼斗を捨てたりしない。」
「ほんとう?」
「ほんとよ。」
「信じるよ?」
「信じてよ。」
「いいんだね?」
「いいわよ。」
隼斗は口元を綻ばせてあたしを抱きしめた。
ほんとうに馬鹿な子。
一番の高みから、あんたが大好きな闇に突き落としてあげる。だってあたしはあんが大嫌いなんだもの。あんたの絶望をこの目で見たいのよ。
月が失われるまで一週間。
それまでは仮初に愛してあげる。
(依存してるのはあたしかしら。)
***
若干悪女な話。
彼女は利益じゃなく、
純粋に彼を貶めたいだけ。
純真無垢な彼を、
ただ絶望させたいだけなのです。
わたしの片割れがないている
体中の骨が軋むやうに。先刻降り出した雨は豪雨に変はり、わたしの骨ばつた身体に容赦なく叩きつける。わたしは傘も持たずに立ち尽くし、濃い灰色をした空を仰いでゐた。肩は既に温度を失ひ、張り付ひた服の重さに震えてゐるのに。
隼斗は…息災かしら。
異国の地に赴ひた弟は今なにを思うてゐるだらうか。彼はきつと、時代の英雄になるために人を殺してゐるのだらう。厭だ!わたしの弟がそんな悲しく辛ひ想いをしてゐるなんて!同じ瞬間にこの世に生を受け、片時も離れることはなく、同じときに笑ひ同じときに泣ひた、あの隼斗が!あの子だけはわたしが命を賭して守つてやると、幼き日に誓つたのに。結局は彼がわたしや国民の安寧秩序を守るため、名前すら知らなひ国で名前すら知らなひ人間の命を奪ってゐる。
嗚呼、血の涙を流せば、誰かが隼斗を連れ戻してくれるのか。
願わくば五体満足で、此の家に帰るやうに。
◇◆◇
熱帯の地に雨が降る。異国の言葉でスコォルと謂うらしひ。只でさえ暑ひこの土地を一層蒸し暑くする。此処に来て一ヶ月。本土からの通信はとうに途絶へ、今の任務はお国の為に死ぬことではない。生き延びることだ。
香織は、笑らうてゐるだろうか。
出征の直前まで田舎への疎開を促した。東京は栄へてゐるから、何時米軍が攻めてきてもおかしくなひのだと。しかし香織は頑なに其の申し出を拒絶した。理由を聞ひて泣きたくなつた。もし田舎に疎開してしまつたら、わたしの帰りがわからないと謂ふ。異国に出征するわたしを同じ場所で待ち続けたひのだと謂ふ。わたしは香織がどこに居たつてわかるから、見つけ出すからと宥めすかしたにも関はらず、香織は首を縦には振らなかつた。流石はわたしの姉と謂ふべきか。それならば約束しよう。わたしは必ず貴女の元へ帰還すると。
此の命はお国の為でも、天皇陛下の為にでもない。
只ひたすら香織の為に、あるのだから。
◇◆◇
人はわたしたちの思想を非国民だと罵るだらうか?いや、罰するならすればいい。わたしたちは屈しない。死を以て償へと謂うならそれもいい。
愛しきひとをこの手に還してくれるなら。
***
戦時中のお話。
彼らの思想を覆すなんて、不可能だ。
隼斗は…息災かしら。
異国の地に赴ひた弟は今なにを思うてゐるだらうか。彼はきつと、時代の英雄になるために人を殺してゐるのだらう。厭だ!わたしの弟がそんな悲しく辛ひ想いをしてゐるなんて!同じ瞬間にこの世に生を受け、片時も離れることはなく、同じときに笑ひ同じときに泣ひた、あの隼斗が!あの子だけはわたしが命を賭して守つてやると、幼き日に誓つたのに。結局は彼がわたしや国民の安寧秩序を守るため、名前すら知らなひ国で名前すら知らなひ人間の命を奪ってゐる。
嗚呼、血の涙を流せば、誰かが隼斗を連れ戻してくれるのか。
願わくば五体満足で、此の家に帰るやうに。
◇◆◇
熱帯の地に雨が降る。異国の言葉でスコォルと謂うらしひ。只でさえ暑ひこの土地を一層蒸し暑くする。此処に来て一ヶ月。本土からの通信はとうに途絶へ、今の任務はお国の為に死ぬことではない。生き延びることだ。
香織は、笑らうてゐるだろうか。
出征の直前まで田舎への疎開を促した。東京は栄へてゐるから、何時米軍が攻めてきてもおかしくなひのだと。しかし香織は頑なに其の申し出を拒絶した。理由を聞ひて泣きたくなつた。もし田舎に疎開してしまつたら、わたしの帰りがわからないと謂ふ。異国に出征するわたしを同じ場所で待ち続けたひのだと謂ふ。わたしは香織がどこに居たつてわかるから、見つけ出すからと宥めすかしたにも関はらず、香織は首を縦には振らなかつた。流石はわたしの姉と謂ふべきか。それならば約束しよう。わたしは必ず貴女の元へ帰還すると。
此の命はお国の為でも、天皇陛下の為にでもない。
只ひたすら香織の為に、あるのだから。
◇◆◇
人はわたしたちの思想を非国民だと罵るだらうか?いや、罰するならすればいい。わたしたちは屈しない。死を以て償へと謂うならそれもいい。
愛しきひとをこの手に還してくれるなら。
***
戦時中のお話。
彼らの思想を覆すなんて、不可能だ。
きらびやかな夜に愛をつめこんで
「流星群!流星群なんだよ!」
興奮気味に香織は話した。頬を紅潮させて、まるで子供みたいだ。アナウンサーが柔和な笑みをたたえながら、今夜ピークを迎えるという流星群のことを、夕方のニュースの一番最後に伝えたという。この都会のど真ん中で、そんなものが見えるのだろうか。隼斗は半信半疑、というよりは九分九厘疑いながらも、立ち入り禁止のはずのアパートの屋上で寝ころんでいた。香織はその横でまだかなー、と独り言を繰り返している。
「星が降るんだって!すごいよねー。」
「ほんとに降るのか?」
「アナウンサーは嘘言わない!」
香織にとっての絶対的権力者はアナウンサーなのか…。そんなことはどうでもいい。ネオン街とは言わないまでも、かなり明るい住宅街では、辛うじて二等星を確認できる程度だ。闇に浮かぶまばらで弱々しい光が瞬くと、まるで命が絶えたようで、対象を見失ってしまう。そう思うと少し切ないなと、隼斗は感じていた。
夜空を眺めはじめて1時間が経ったころ、香織がゴロンと転がった。風呂上がりのせいか、髪からは石鹸の薫りがした。
「ねー、流れないよ?」
「そーだなあ。」
「なんでなんでー?」
「ほら、目放すなって。」
そう言って二人で夜空を見上げた時だった。
驚くほど明瞭に、光が夜闇を切り裂いたのだ。
「ななな流れた!」
「いま、いま流れたよなあ!」
「隼斗も見た!?」
「見た見た見た!!錯覚じゃねえだろ!」
あまりの興奮に立ち入り禁止区域で叫んでしまったことに気付き、互いに人差し指を口元にあてがった。そして今更ひそやかに、囁いた。
「お前、なんか願い事した?」
「あっ、忘れた!隼斗は?」
「俺も忘れた…もうひとつ待つか。」
「うん!」
二人は手を繋いで再び夜空を見上げた。星降る夜、互いの手のひらは、ゆっくりと同じ温度になってゆく。
きらびやかな夜に愛をつめこんで!
***
先日、ペルセウス座流星群をみました。
一人でベランダから眺めていたのですが、
一時間で五個みえました。
それから小豆島に行ったときは、
星自体がかなり見えましたね。
露天風呂から先輩と流れ星をみました。
今年卒業してしまう先輩です。
ほんとにいい思い出になりました。
興奮気味に香織は話した。頬を紅潮させて、まるで子供みたいだ。アナウンサーが柔和な笑みをたたえながら、今夜ピークを迎えるという流星群のことを、夕方のニュースの一番最後に伝えたという。この都会のど真ん中で、そんなものが見えるのだろうか。隼斗は半信半疑、というよりは九分九厘疑いながらも、立ち入り禁止のはずのアパートの屋上で寝ころんでいた。香織はその横でまだかなー、と独り言を繰り返している。
「星が降るんだって!すごいよねー。」
「ほんとに降るのか?」
「アナウンサーは嘘言わない!」
香織にとっての絶対的権力者はアナウンサーなのか…。そんなことはどうでもいい。ネオン街とは言わないまでも、かなり明るい住宅街では、辛うじて二等星を確認できる程度だ。闇に浮かぶまばらで弱々しい光が瞬くと、まるで命が絶えたようで、対象を見失ってしまう。そう思うと少し切ないなと、隼斗は感じていた。
夜空を眺めはじめて1時間が経ったころ、香織がゴロンと転がった。風呂上がりのせいか、髪からは石鹸の薫りがした。
「ねー、流れないよ?」
「そーだなあ。」
「なんでなんでー?」
「ほら、目放すなって。」
そう言って二人で夜空を見上げた時だった。
驚くほど明瞭に、光が夜闇を切り裂いたのだ。
「ななな流れた!」
「いま、いま流れたよなあ!」
「隼斗も見た!?」
「見た見た見た!!錯覚じゃねえだろ!」
あまりの興奮に立ち入り禁止区域で叫んでしまったことに気付き、互いに人差し指を口元にあてがった。そして今更ひそやかに、囁いた。
「お前、なんか願い事した?」
「あっ、忘れた!隼斗は?」
「俺も忘れた…もうひとつ待つか。」
「うん!」
二人は手を繋いで再び夜空を見上げた。星降る夜、互いの手のひらは、ゆっくりと同じ温度になってゆく。
きらびやかな夜に愛をつめこんで!
***
先日、ペルセウス座流星群をみました。
一人でベランダから眺めていたのですが、
一時間で五個みえました。
それから小豆島に行ったときは、
星自体がかなり見えましたね。
露天風呂から先輩と流れ星をみました。
今年卒業してしまう先輩です。
ほんとにいい思い出になりました。
夢の庵で待ち合わせ
---じゃあ、また12月に。
そう言って手を振った。特急がもうすぐホームに滑り込む。そうしたら隼斗は東京に帰ってしまう。次に会えるのは長期休暇が取れる年末。隼斗は少し困ったような顔をして、あんまり寂しがるなよ、と香織の頭を撫でた。
京都の大学を卒業して5ヶ月。香織は地元で楽器屋に就職し、隼斗は貿易会社の東京本社に配属となった。会えるのは年に二度、夏と冬の休暇だけ。長い時間を共有してきた二人にとってそれはあまりに短すぎる逢瀬である。
列車が静かにホームに入る。完全に停止して、鉄の扉が開くまで、なんと長いのか。
「淋しくなったら会いに行っていい?」
香織の問いに隼斗は微笑んだ。優しく髪を撫でる。それだけで充分だ。
「行くよ。」
「うん、またね。」
隔てられた二人の手が再び触れ合うころには、きっと寒い雪の季節になっているだろう。暖かな感覚を忘れぬように、香織はきゅっと隼斗の手を握った。
*
列車が見えなくなってしばらくしても、香織はその場を動けなかった。一筋零れた涙は既に乾いてしまっている。
夢で逢えたら、やっぱり泣いてしまうだろうか。それは果たして幸せだからなのか、淋しいからなのか、わからないけれど。
***
遠距離恋愛とか、想像もつかん。
今は中距離恋愛中。
でも会おうと思えば毎日会えるという、微妙な距離。
それが淋しいっていうのは、贅沢なのか。
そう言って手を振った。特急がもうすぐホームに滑り込む。そうしたら隼斗は東京に帰ってしまう。次に会えるのは長期休暇が取れる年末。隼斗は少し困ったような顔をして、あんまり寂しがるなよ、と香織の頭を撫でた。
京都の大学を卒業して5ヶ月。香織は地元で楽器屋に就職し、隼斗は貿易会社の東京本社に配属となった。会えるのは年に二度、夏と冬の休暇だけ。長い時間を共有してきた二人にとってそれはあまりに短すぎる逢瀬である。
列車が静かにホームに入る。完全に停止して、鉄の扉が開くまで、なんと長いのか。
「淋しくなったら会いに行っていい?」
香織の問いに隼斗は微笑んだ。優しく髪を撫でる。それだけで充分だ。
「行くよ。」
「うん、またね。」
隔てられた二人の手が再び触れ合うころには、きっと寒い雪の季節になっているだろう。暖かな感覚を忘れぬように、香織はきゅっと隼斗の手を握った。
*
列車が見えなくなってしばらくしても、香織はその場を動けなかった。一筋零れた涙は既に乾いてしまっている。
夢で逢えたら、やっぱり泣いてしまうだろうか。それは果たして幸せだからなのか、淋しいからなのか、わからないけれど。
***
遠距離恋愛とか、想像もつかん。
今は中距離恋愛中。
でも会おうと思えば毎日会えるという、微妙な距離。
それが淋しいっていうのは、贅沢なのか。
嘘だらけのキス
ゆらゆら陽炎。
名前を呼ぶ声に香織は振り向いた。ここらでは最も傾斜のきつい坂道を、隼斗が自転車で駆け下りてくる。なにがそんなに嬉しいのか大きく大きく手を振りながら。香織は自転車が到着するまでの短い間に小さく溜め息をつき、それからいわし雲が泳ぐ空を見上げた。麦わら帽子を被りなおして、虚像の笑顔を投げて寄越す。
「香織さん、どこ行くんですか?」
「ちょっと買い物に。隼斗くんは?」
「俺は港まで。姉が本島から帰ってくるんですよ。」
「そうなの。よかったわねぇ。」
この男の予定になど興味はない。ただの社交辞令なのに、嬉しそうに微笑まれると、虫酸が走る。軽く会釈をして、歩みを進めた。すると当然の如く隼斗は自転車を降りて横に並んだ。煩わしい、早く行ってしまえ。
「どうせなら、」
「え?」
「どうせ嫌いなら拒絶すればいいのに。」
香織は驚いて隼斗を見た。隼斗は淋しそうな顔で微笑んでいる。正直、狼狽えた。しかし気取られるのはあまりに、あまりに癪だから。香織は完璧な表情で答えた。
「何言ってるの?」
「香織さんは俺が嫌いなんでしょ?知ってます、それくらい。」
なんなんだこの男。どこまで人を苛立たせれば気が済むのか。
「黙っているだけなんでしょう?」
「…」
「俺の全てが気に入らないんでしょう?」
「…」
「でも香織さんは優しいから、」
「…」
「俺を傷つけないようにって、」
「黙りなさいよ。」
香織は唇で隼斗の口を塞いだ。目を閉じて舌を絡める。口内をお互いに犯してゆく。愛情なんか微塵もない、舌を咬みちぎらんばかりの、荒いキスだった。
「どういうつもりですか?」
「だって私隼斗くんが好きだから。」
「憎しみこもってましたよね、今のキス。」
「そうかしら?たっぷり愛撫したつもりだけど?」
「それがあなたの愛情?」
「そうよ。じゃあね。」
香織はスタスタと歩き出した。今度は隼斗はついてこなかった。
全ての嘘をキスに込めて。
***
in 沖縄 な設定。
名前を呼ぶ声に香織は振り向いた。ここらでは最も傾斜のきつい坂道を、隼斗が自転車で駆け下りてくる。なにがそんなに嬉しいのか大きく大きく手を振りながら。香織は自転車が到着するまでの短い間に小さく溜め息をつき、それからいわし雲が泳ぐ空を見上げた。麦わら帽子を被りなおして、虚像の笑顔を投げて寄越す。
「香織さん、どこ行くんですか?」
「ちょっと買い物に。隼斗くんは?」
「俺は港まで。姉が本島から帰ってくるんですよ。」
「そうなの。よかったわねぇ。」
この男の予定になど興味はない。ただの社交辞令なのに、嬉しそうに微笑まれると、虫酸が走る。軽く会釈をして、歩みを進めた。すると当然の如く隼斗は自転車を降りて横に並んだ。煩わしい、早く行ってしまえ。
「どうせなら、」
「え?」
「どうせ嫌いなら拒絶すればいいのに。」
香織は驚いて隼斗を見た。隼斗は淋しそうな顔で微笑んでいる。正直、狼狽えた。しかし気取られるのはあまりに、あまりに癪だから。香織は完璧な表情で答えた。
「何言ってるの?」
「香織さんは俺が嫌いなんでしょ?知ってます、それくらい。」
なんなんだこの男。どこまで人を苛立たせれば気が済むのか。
「黙っているだけなんでしょう?」
「…」
「俺の全てが気に入らないんでしょう?」
「…」
「でも香織さんは優しいから、」
「…」
「俺を傷つけないようにって、」
「黙りなさいよ。」
香織は唇で隼斗の口を塞いだ。目を閉じて舌を絡める。口内をお互いに犯してゆく。愛情なんか微塵もない、舌を咬みちぎらんばかりの、荒いキスだった。
「どういうつもりですか?」
「だって私隼斗くんが好きだから。」
「憎しみこもってましたよね、今のキス。」
「そうかしら?たっぷり愛撫したつもりだけど?」
「それがあなたの愛情?」
「そうよ。じゃあね。」
香織はスタスタと歩き出した。今度は隼斗はついてこなかった。
全ての嘘をキスに込めて。
***
in 沖縄 な設定。





